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かつて酸素は猛毒だった①(今の当たり前)
高校2年生の生物を選択している生徒から 「代謝」のクエン酸回路について質問があり 教科書通りの説明から少し踏み入った説明をしても 釈然としてはいなかったので 私自身、全てに疑問をもって調べてみたところ とても勉強になりました。 「そもそも私たち人間は酸素を何に使って 二酸化炭素はなんで出ていくのか」 この問いが重要でした。 結論としては ・・・・・・・・・・・・・ 炭素のエネルギーを取り出して エネルギーのからっぽになったゴミとしての炭素を 酸素が回収してくれて 二酸化炭素として出ていく ・・・・・・・・・・・・・ という流れでした。 酸素(O2)は電子を強くひきつけます(電子陰性度が高い) 食べ物(有機物)は炭素や水素、酸素で構成されており(C6H12O6) これを分解してエネルギーを取り出し その燃えカスとなった炭素(C)を酸素(O2)が回収して 二酸化炭素(CO2)となって出ていく という流れでエネルギーを取得していました。 食べ物は高いエネルギーを含んでいる、 というのは当たり前と言えば当たり前のことですが そんな当たり前のことに勉強の面

副塾長
1月9日


なんてことのないもの
姪っ子がお兄ちゃんの遊んでいるものを 欲しがっているときに 鞄に付けていたカラビナを鞄に入っていた 菓子折りのゴムに付けて渡したところ いたく気に入ってくれて その日中ずっとつけていました。 移動中は首からかけて ペンダントのようにしていました。 カラビナにゴムを通すことも ゴムがびよんびよん伸びることも 刺激的で魅力的なようです。 NHKで放送中の「ちびっこモンスター」のてい先生が 「大人が分かりやすい失敗しているところを見せると子供は喜ぶ。一番は転ぶこと」 と言っていたのですが 転ぶ場所がなかったので 眼鏡を外して 「どこだどこだ」 と探していると 爆笑しながら拾ってくれて 「もっかいして」 とおねだりされました。 すぐそこに自分で眼鏡を置いたから どこだどこだ、 なんて臭い芝居面白くともなんともないだろう と思っていましたが 心底面白いみたいです。 今度は 「眼鏡か~けよっ」 と言って膝やら頭の上やら 後頭部にかけると 大爆笑しながら 眼鏡を見つけて 私に渡してくれました。 てぃ先生の教え、すごいです。 ちなみにこの遊びの終わりは 「眼鏡か

副塾長
1月8日


夜泣き
大晦日から新年にかけての睡眠は 猫たちが走り回り寝れた気がしませんでした。 一番小さい姪っ子も夜泣きをし 久しぶりに夜泣きをあやしました。 夜中の2時頃に泣き始めて 姉がお母さん(妹)のところに連れて行って それでも泣き止んでいなかったので 私が迎えに行って 昔、といっても1~2年前のように 抱っこをして歩きながらあやしたところ すぐに泣き止んで寝ました。 それを見た姉が 「流石、昼のお父さんやね」 と太鼓判を押していました。 私も嬉しく、姪っ子との根の深い信頼関係を 誇らしく思って 全く眠れない夜がなんてことなくなりました。 そのまま今度は私と一緒の布団で寝たのですが 3時頃にまた起きて 私の青髭を撫でたり 自分の足を私の手で握らせたり 夢うつつの瞳と目が合ったり と中々面白い体験ができました。 私は年に数回あるかないかなので 非日常で楽しめましたが これが毎日のことになってしまっている 世のお母さんたちは心底大変です。 ちなみにですが私の布団はこたつ布団を採用しているので 二人で寝てもどちらかの背中が寒くなったりしないようになっています。..

副塾長
1月7日


年末の過ごし方
今年は妹の新居に姉家族と共に宿泊し 総勢10名と猫2匹で年越しをしました。 えびのと高原(たかはる)へお墓参りをし 温泉に入って妹の家へと移動しました。 何事も準備が9割と言われるように この日に向けて すき焼きの買い出しや 洗い物を減らすために 紙コップと紙皿を事前に買い 万全の体制で挑みました。 12月はインフルエンザや冬期講習で忙しく 甥姪との時間がほぼなかったので 目一杯遊びました。 毎年恒例(あと何年いけるか) 姪っ子は 「けんたろーの隣で寝る」 と布団の横を陣取ってくれていたのが嬉しかったです。 22時に塾の鍵を閉めに行くため バイトの先生とバトンタッチしましたが 高校生3年生が2人勉強に来ており 二人とも大晦日の23時まで残っていました。 1人の生徒は 「今日は一番最後まで勉強して帰りたい」 と、片方が帰るまで粘り強く勉強していました。 中学3年生の生徒も31日は勉強しに来ており こんなにも努力のできる中学三年生は稀です。 必ず人生の財産になります。 そして、努力しようと思っても 誰もが努力できるわけではないので 強い精神力と努力の

副塾長
1月6日


年末もちつき大会
萩原一族では塾長の兄の家で 毎年12月30日に色んな方が集まって 餅つき大会及び食事会をしています もち米を炊いている しゃぶしゃぶ おでん お刺身 おでん ぜんざい お餅 焼肉 鳥刺し からすみ などなどおいしい料理を 11時から18時頃まで歓談しながら 時には餅をつきながら 時には還暦前後の方々が歌いながら 一年の労を労うというよりは 各々が思い思いの時間を過ごしています。笑 立派な石臼で餅をつきます 近所の80数歳のおじいちゃんが 技術を伝承してくださっていますが 未だ引き継げていません。 まだまだお元気でいらっしゃるので これからもご指導ご鞭撻のほどをお願いしたい次第です。

副塾長
1月4日


イメージ暗記
冬期講習の間、小学生の受験する子と社会の暗記に取り組んでいます。 1月3日に受験なのですごい日程です。 正月三が日に受験のために出勤する私立学校の先生もすごいです。 暗記をするときにただ単純に文字面を丸暗記しても 忘却曲線は激しくすぐに忘れてしまい 記憶に定着しません。 暗記の基本は反復ではありますが 思い出すきっかけを工夫して作ることは大事です。 たとえば 源氏物語、という言葉は私には紫色に見えます。 これはなんとなく紫っぽいな、とかなり力技で覚えてはいますが 紫式部という名前も特徴的なので「紫」というきっかけさえあれば それだけで結び付け可能です。 たけくらべ、ときたら樋口一葉ですが 竹の葉っぱを一枚思い浮かべて 一葉をきっかけにします。 学問のすすめ、は福沢諭吉で 偉人で縁起のいい名前なので 神社を思い浮かべておみくじが大吉で福がくる、と覚えます。 誰もがこういう工夫をして 暗記をしているものかと思っていましたが 伝授すると楽しく覚えてくれ 覚えてなかったときのヒントも色んな角度からだせるので 連想ゲームのように少しゲーム感覚で勉強ができま

副塾長
1月3日


美しい装丁
67才でハイキングをはじめ 3000kmにもわたるアパラチアントレイルを完歩した エマ・ゲイトウッドさんのことを 記者の方が本にした名著があります。 本の内容もさることながら 装丁(表紙絵)もとてもきれいです。 美しいものを どこが美しいのか語るのは少々野暮ではありますが 画像では分かり辛いですが 油絵のようにベタっと絵の具が塗りつけられていて 植物には明るい色で表現されているから 植物の持つ生命力や自然の美しさが際立っています。 植物には影も射しているだろうけど それは描かず、ひとり歩くおばあちゃんの背には影になって 暗くなっています。 大自然の中に一人の人間がいて 大きく鮮やかな大自然と比べた時の人間のその命のはかなさや 寂しさが感じられます。 また、草原は輝いているのに山は藍色に染まって 緊張感があります。 草原は明るいので昼でしょうが、山は暗い。 山は命がけで何人もの人が命を落とし 理不尽な自然災害の元でもあるので その荘厳さが感じられます。 この絵は何を伝えたいのかな 何を表現したいのかな ということを考えると 絵を何回も楽しむことがで

副塾長
1月2日


2025年最後の日
今年も一年間お世話になりありがとうございました。 多くの方とのご縁に恵まれ 素直で優しい生徒に恵まれ 良い一年を過ごすことができました。 12月に入ってからはインフルエンザの猛威により 各ご家庭、学校でも 思うようにならない日が続き 予定が崩れることも多かった方もおられるとは思いますが 来年のご健勝を祈念します。 余談 塾長の腰も順調によくなり 副塾長の腰はすっかり良くなりました。 1月1日の夜は毎年、萩塾から宮崎神宮まで走って行き 萩塾生の合格祈願に行っています。 ヘッドライトを頭に付けて 恐らく青色の上着と緑色のジョガーパンツを履いている人がいたら 私です。 お気軽にお声がけください。

副塾長
2025年12月31日


小学校の現状
休み時間に小学生と話していると 小学校が荒れている話が多く出てきます。 授業中に他のクラスの子がクラスに入ってきたり 急に大声を出したり 勝手に席を離れてお喋りしたり 休み時間に家に帰っていたり などと、私が小学生のときには 体験したことのなかったような話を耳にします。 保護者の方が呼び出されても改善されず 大変なことになっているようです。 中学校の授業の崩壊ぶりにばかり気を取られていましたが 小学校から「おやじの会」などが必要なようです。 塾では落ち着いて静かに勉強できるので この環境を守っていかなければなりません。 学校とも連携して何かアクションを起こさなければならないフェーズにきているようです。

副塾長
2025年12月30日


やって当たり前、ではない
小学生がノートに漢字ドリルをやっていたところ 漢字を見て写して、ふりがなを書いていたので 「ふりがなを書いてから 何も見ずに間違えていいから漢字を書く挑戦をした方が 漢字ができるようになるよ」 と伝えると 「え、皆そうやっていませんよ」 と言われました。 周りの小学生に聞いてみても まちまちです。 宿題はどうせやらなくてはならず 漢字テストもいつかあって 漢字は覚えておかないといけないから 漢字ドリルをやるなら どうやったら覚えれるように取り組めるかな と考えることを皆が皆するわけではありませんでした。 もちろん、自然とそうする子もいますが。 なんでも前向きに取り組む心が大事ですが それを養うのが一番難しいです。

副塾長
2025年12月29日


読む本の傾向
勉強や考える力を鍛える 一番の近道は読書なので 小学生ではテキストが全て終わったら 読書の時間を設けています。 が、 ・ドラえもんの表紙なら読むけど ちびまる子ちゃんでは読まない ・鬼滅の刃の小説版なら読む など、関心の対象が明確に偏っています。 なので、それぞれの子が関心を持っているジャンルを 揃える必要があるのですが 子どもの世界にもオピニオンリーダー (インフルエンサー、流行りを作る人) がいるようで その子が「面白い」と言えばみんなが読みたくなるようにもなっています。 ※大人の「面白い」は基本的に信用してもらえません それでも怪談は多くの子が好きなようで それは大きな発見でした。 不思議な話や怖い話は 心をドキドキさせたり 胸がスッとしたり どうなるんだろう どういうことだろう と心や胸を揺さぶる強い力があるようです。 更に、怪談のいいところとしては 短編完結で読書が苦手な子でもハードルが低いところにあります。 怪談の本を集めていこうと思います。

副塾長
2025年12月27日


塾長の髪を切りました
私(副長)は半月に一回 自分で髪を切っています。 バリカンとすきばさみを駆使して はや2年が経ち、次第に要領を得てきました。 月に1回散髪に行き 一回2000円かかるとすると 年間で24000円節約できていますが それ以上に 予約を取ったり お店まで移動したり 切ってもらったりすると 時間も結構とられてしまうので その面倒がかからない恩恵の方が大きいです。 他人は自分のことを 自分が思っている何倍も気にして生きていないので 多少髪が短くなろうが 全然気づかないものです。 よって、私が自分で髪を切っていることに気づいた人はいません。 (「ざっくりした髪型ね」などと 声をかける人はいないので 恐らく、ですが) 師走で散髪の予約が埋まっていたので 塾長の髪も初めて切りましたが 誰にも気づかれていないようです。 親の髪をこんなにしっかり触るのが初めてだった気がします。 なので、髪を切っていることに対する違和感が大きかったです。 私は直毛ですが塾長はくせ毛で巻きがはいっています。 そんな些細なことにもいちいち反応しながら切っていました。

副塾長
2025年12月26日


腰痛
12月17日に電気屋さんに行って 両親のスマートフォンを新しくするために 乗り換えや契約などの話を2時間近く座って聞いていたら 腰が痛くなりました。 時間がたつごとに腰が怪しくなり 翌日の夜は塾から家に帰る徒歩の数十mで 腰のあたりがズーンと重くなり 歩けなくなって 「うさぎ飛び」ならぬ「うさぎ歩き」でなんとか家に帰り着きました。 木曜日は安静にしていましたが あまり良くならず 金曜日に鍼灸で45分マッサージをしてもらって少し良くなりましたが 土曜日もさほどでした。 塾長が近所の人から金曜日にゴッドハンドの情報を手に入れ 土曜日午前中に施術を受けたところ 歩いたり立ったりすることに支障がなくなりました。 まさにゴッドハンドです。 長時間座るのは依然として 腰に違和感を覚えてしまうので 未だチャレンジできませんが ゴッドハンドのおかげで 日常生活を差しさわりなく過ごせるようになりました。 「リコンディショニングステーション宮崎」 という瓜生野にあります。 駐車場は郵便局の駐車場に併設されているので そこに駐車する必要があるので ご注意ください。

副塾長
2025年12月25日


一年間のトレーニング結果
一年間の振り返りとなります。 総時間 :378時間(+18) 合計距離:3688km(+496) 総負荷 :49237TL(+6894) 回数 :312(+58) 累積上昇:62268m(4216) 平均ペース:6分10秒/km(-39) となっており昨年より全て上昇してます。 が、9月~12月は慢性疲労となり パフォーマンスが落ち 走行距離も落ち 健康はではあるけど運動の面から言うと 体調の優れない日でした。 青島太平洋マラソン終了からは年末までは 今年中は走らず まずは身体を芯から回復させることに努めます。 走っている総時間以上に走行距離が増えてしまい 高い負荷をかけ続けてしまいました。 また月の練習にメリハリがなく 回復期間がなかったので 来年は3週+1週の練習でいこうと反省しました。 ※3週間は高強度で練習を行い 1週間は距離を半分以下に落とすことで 身体を回復させる練習方法です。 改善する喜びがあるということは 日々の糧になるので嬉しいことです。

副塾長
2025年12月24日


青島太平洋マラソン④(ボランティア)
フルマラソンが終わり 駐車場へ歩いていると すでに撤収にはいった給水所の横を通りました。 ボランティアの高校生たちが あたりに散らばった紙コップを集め 袋にいれて一か所に集め 掃除をしていました。 駐車場の料金所でおっちゃんに 「タイムはどうでしたか?」 と聞かれ 「全然ダメでしたが楽しかったです」 と伝えると 「おつかれさま」 といっていただけました。 隅から隅まで人の温かみを感じられるところが 宮崎のいいところかもしれません。 (もちろん、全員がそう、というわけではありませんが) このはなの湯に入り 帰り道は走ったコースを 車で帰ることになるのですが 道路の状況を見ながら帰っていると ランナーの落とし物のアームカバーや ジェルの袋は落ちていませんでした。 最後尾の大会側のスイーパーの方が拾ってくれたようです。 フルマラソンの大会はボランティアの方の善意のうえに成り立っていて 参加費を払うとはいえ 参加費さえ払えば走れるわけではなく それ以上に、寒い中何時間も待機して応援してくれたり 給水の準備や撤収などをしてくれる方の 途方もない善意の上に.

副塾長
2025年12月21日


青島太平洋マラソン③(完走できるだけですごい)
5kmごとのラップタイム 5km 0:27:11(渋滞) 10km 0:22:42 15km 0:22:33 20km 0:22:31 中間 1:50:45 25km 0:23:52 30km 0:25:47 35km 0:34:18(体動かず) 40km 0:32:40( 〃 ) 1km4分15秒 5km21分15秒 で3時間以内完走 なのですが 4分15秒だと心拍数が高くなりすぎたため また、体も無理をしている感じだったので 遅刻云々にかかわらず3時間以内の感想は不可能でした。 30km地点でサンマリンスタジアムに戻ってくるのですが もうこのまま辞めてもいいな、と思いながら歩いたり走ったり ストレッチしたりしていました。 周りの方々や応援があったので なんとか走れました。 感謝です。 そして、改めてフルマラソンは 完走できるだけで偉業だと身をもって実感しました。 32km地点くらいからは (ここから一人で10kmも走るのは辛いな) と思い、辛そうに歩いていた人に話しかけ 福岡出身の22才の青年だったので トロピカルロードから見

副塾長
2025年12月20日


青島太平洋マラソン②(再会)
出場ブロックは目標タイム順で S:エリート選手 A:3時間以内 B:3時間半以内 C:4時間半以内 D:5時間以内 E:完走目標 となっています。 元々Aブロックスタートだったのですが 遅刻して並べませんでした。 Dブロックだとスタートの合図がなってから スタートラインを通り過ぎるまでに 10分歩くことになり スタートラインを過ぎてからも 16km(宮崎神宮)あたりを過ぎるまで 渋滞に巻き込まれ斜めに走ったり脇をすり抜けたりしながら走ることになりました。 当日朝5時にトレランの大会で知り合った 西高時代の1個上の先輩(高校時代面識なし)から 「今日は気楽に頑張ろう!」 とLINEが来ていました。 電話で話したところ 先輩はDブロックからスタートだったので 「会えないね」 と会話をしていました。 遅刻してDブロックでストレッチをしていると 先輩がいて 1万2千人の参加者がいる中から 偶然が重なり再会することができました。 歩きながらスタートラインを超え ゆっくり走れるようになってからも お喋りをしながら楽しく走れました。 40km地点くらいのすれ違

副塾長
2025年12月19日


青島太平洋マラソン①(遅刻)
号砲がなってから 3時間55分20秒 スタートラインを過ぎてから 3時間44分46秒 でゴールしました! 撃沈です! 南駐車場に朝5時半について そこから車の中で2時間寝て 7時半から着替えたり準備したりして 8時半にシャトルバスに乗って移動して 武道館に荷物を預けていたら 整列時間の8時50分に30秒ほど遅刻し 厳格に「ダメです!」と言われました。笑 係の方の毅然とした態度がかっこよかったです。 私以外にも20人ほど同じ境遇の方がいらっしゃいました。笑 余談ですが子育てにおいても 「理屈ともかく駄目なものは駄目!」 とちゃんと教えてあげることが大事なようです。 (あちゃー、もしかして走れないのかな) と思っていると 毅然とした係の方が 「ついてきてくださいッ!」 と急に駆け出し よく分からないままついていくと 「Dブロックの最後尾からスタートしてください」 と救済措置がありました(助かった)。 時間に余裕をもって行動しましょう。 という当たり前の教訓を強く嚙み締めました。

副塾長
2025年12月18日
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